子育てや教育の話になると、「失敗させないこと」が良いことだと考えられがちです。
危険なことは事前に教える。
間違わないように指導する。
失敗しない手順を与える。
もちろん、それ自体は間違いではありません。
しかし養老孟司氏の『超バカの壁』を読んでいて、本当にそれだけで良いのだろうかと考えさせられる一節がありました。
それが次の言葉です。
道に迷ってから正しい道を考えるということが自分で考えるということでもあるのです。誤解してつまずくことでもないと人間は物を覚えないという面も十分あります。
非常に短い文章ですが、教育の本質が詰まっているように感じました。
人は失敗を通して学ぶ
学校教育でも会社の新人教育でも、「失敗しない方法」を教えることはよくあります。
しかし、実際に自分自身を振り返ると、本当に身についたことは失敗から得たものが多かった気がします。
テストで間違えた問題。
電子工作で配線を間違えた経験。
ブログ記事を書いて全く読まれなかった経験。
どれも当時は失敗でした。
しかし、失敗したからこそ原因を考えました。
成功したときよりも、よほど深く記憶に残っています。
電子工作は失敗の連続だった
私は電気を専門的に学んできたわけではありません。
電子工作から独学で学び始めました。
当然ながら最初からうまくいくはずがありません。
配線ミスもしました。
回路が動かないこともありました。
部品を壊したこともあります。
今振り返れば初歩的なミスばかりです。
しかし、その失敗があったからこそ理解が進んだとも言えます。
もし誰かが隣にいて、
「そこは違う」
「こうしなさい」
「そのミスはダメ」
と全部修正してくれていたら、ここまで身につかなかったかもしれません。
失敗にはコストがかかります。
しかし学習効果も大きいのです。
失敗しない人は強いのか
世の中では失敗しない人が優秀だと思われがちです。
もちろん、大きな事故を防ぐことは重要です。
仕事でも品質は大切です。
ですが、失敗経験が少ないことと、実力があることは必ずしも同じではありません。
むしろ問題なのは、
失敗そのものではなく、
失敗したあとに立ち直れないことです。
ずっと失敗から守られてきた人は、
いざ大きな失敗をしたときに必要以上に落ち込むことがあります。
失敗への耐性が育っていないからです。
ブログ運営でも同じことを感じる
ブログもそうでした。
最初からアクセスが集まったわけではありません。
時間をかけて書いた記事がほとんど読まれなかったこともあります。
検索順位がまったく上がらないこともありました。
収益にならない期間も長かったです。
当時は失敗だと思っていました。
しかし、その経験があったから、
なぜ読まれないのか。
どんな記事が求められているのか。
どう改善するべきなのか。
を考えるようになりました。
もし最初から全部成功していたら、今ほどブログ運営について理解していなかったと思います。
教える側になると難しい
この話は教育する側になるとさらに難しくなります。
相手が失敗しそうだと、つい助けたくなるからです。
実際、仕事でも後輩指導でも、
答えを教えた方が早い場面はたくさんあります。
しかし、その親切が相手の成長を妨げることもあります。
養老氏が言っているのは、
放置しろという話ではありません。
失敗する機会まで奪うな、という話なのだと思います。
安全な範囲で失敗させる。
そこから考えさせる。
それも教育の重要な役割なのかもしれません。
読者ならどう活かせるか
もし何か新しいことに挑戦していて、
失敗ばかりしていると感じているなら、
それは学習が進んでいる証拠かもしれません。
また、人を指導する立場にいるなら、
失敗をゼロにすることだけが正しいのか、一度考えてみても良いでしょう。
もちろん避けるべき失敗もあります。
しかし、小さな失敗を経験しないまま成長することも難しいはずです。
私自身、電子工作もブログも、多くの失敗を通して学んできました。
だからこそ養老孟司氏の
誤解してつまずくことでもないと人間は物を覚えない
という言葉には強く共感します。
失敗はできれば避けたいものです。
しかし、振り返れば人生を変えた学びの多くは、成功ではなく失敗の中にあったように思います。